3社が断念した内燃機関による水素エンジン車をトヨタが開発スタートする特許解析で見えてきた事実と戦略
はじめに
2021年4月にトヨタが発表した「水素エンジン車の開発着手」が多くの報道を産んで話題になっている。本サイトでは、この発表を記事にしている。
一方、ここでは、水素エンジン車を過去に開発してきた自動車メーカーについて、調べた結果を紹介する。
報道を情報によれば、Ford、BMW、マツダの3社が1990年代に開発・販売をしていたことが分かった。ただし、どうも販売を継続していないなど、断念といってもよい現状である。
そこで、水素エンジン車両を販売した実績がある3社と、トヨタを含めた4社について、開発状況を特許解析を伴い比較した開発状況を深掘りしたので、この後詳しく説明する。
開発できる自動車メーカー=Ford、BMW、マツダ
水素エンジン車を開発できるだけの技術力がある企業は、Ford、BMW、マツダの3社である。なぜならば、水素エンジン車の販売実績と特許出願の実績の両方があり、明らかに開発できるだけの技術力があるから。
具体的に3社の販売実績と特許出願実績をこの後詳しく説明する。
「発明者の人数」特許解析
企業が出願した特許公報は、しばらくすると、一般公開される。特許情報に含まれる発明者名を出願の年ごとに、カウントして作成した発明者の人数グラフ(発明者数推移のパテントマップ)を作成できる。
マツダ
1991年の東京モーターショーに出展しマツダ初の水素ロータリーエンジン搭載車の「HR-X 1991」、「HR-X2 1993」「MX-5 HV」「Capella cargo HV 1995」などが1990年代に発表され、水素自動車として国内初の大臣認定を取得している。
2000年代に入り、「RX-8 HYDROGEN RE 2003」、「PREMACY HYDROGEN RE HYBRID 2005」が発表され、2006年に広島県と広島市が公用車としてリース車両を導入するなどし、好評を得ていたという。航続距離とリース料の価格が問題があったようで、その後の販売が継続されている情報がない。
開発時期とボリューム
マツダの特許解析で作成したグラフを見ながら説明する。

東京モーターショー出展の1991年の前に少ないながら特許出願をしていることが分かった。
出展後4年間の発明者数が増えたが、1995年に一旦中断。2004年から再開し2015年まで継続する。
BMW
2007年に水素エンジンHydrogen 7(ビー・エム・ダブリュー・ハイドロジェン・セブン)を搭載した実用的な高級車を発表していた。ガソリンと水素を切り替えられる、デュアルモードの12気筒エンジン。最高出力は191 kW(260 ps)。0-100 km/h加速性能は9.5秒、最高速度は230 km/hであった。

2000年近辺からスタートし2005年近辺をピークに減少傾向。人員を割いては来なかったことが分かる。
フォード(Ford)
2005年に「H2ICE」という水素内燃エンジンを搭載した12人乗りのシャトルバス「E-450」を販売している。
当時の性能は、6.8リットル「トリトン」V10エンジンで、最高出力が140kW(188hp)/2600~3600rpm。26ガロン(約98リットル)に相当する5000psi(約345気圧)の水素燃料タンクを搭載しており、推定運行距離は150マイル(約240km)。

1990年代からスタートし、2000年近辺からやや増加傾向になり2003年にピーク。多くの人員を割いている状況はないが、少ない人数で継続して開発を続けてきたことが分かる。
トヨタ

2021年4月に開発開始を発表したトヨタではあるが、過去に開発をしてきていることが分かった。車両の販売に手を出していなかったものの、販売した3社より多くの開発者・発明者を担当させて技術開発が進められていたことが、特許解析の結果から見えてきた。しかも、最近まで継続していて途絶えることがなく技術開発を行っていたのは、トヨタだけといえる。
耐久レースを走りきったトヨタ社長の感想
意思を持った開発への情熱を称える社長。多分、走行中に部品が壊れるなどのトラブルがあったものと思われ、完全を目指してこれからさらなる開発をと言っていたが、開発を本格的に着手する段階のこと、完成して販売できる手ごたえがあったものと思える感想であった。
水素エンジン車普及に向けての課題
水素エンジン車両開発の5年後、10年後に残る商品化の課題は、あまりないのではないかと推測した。
なぜならば、3社が水素エンジン車の開発をした車両を販売している実績が10年以上前にあり、そこでの課題を認識した上で解決する技術開発が行われ、今回トヨタが耐久レースに出す決断をしたということは、様々な課題がない状態であると思うから。
例えば、水素が高熱で発火するバックファイヤ発生の課題が報じられていたが、3社が販売して、事故などが起きた情報はないし、それから20年が経過しているから。トヨタの特許出願にも、その課題についての特許出願がある。
水素エンジンの燃焼による危険性もないことが確認できているからのことと思うからである。
残る課題は、航行距離とコストの2つ考えた。
- コストは、売り始めれば量産効果などで安くできると思うので、5年後、10年後に残る課題ではないと思う。
- 航行距離は、耐久レースで給油を20分に一度せざるをえない状況であったので、大きな課題といえる。これからの開発によって、大きく改善すると思うが、水素給油の費用を含めた燃費が残る課題になりょうな気がする。
また、水素燃料の補給所の数が少ない問題がある。これはトヨタだけの問題では解決できないことなので、水素エンジン車の普及を妨げる可能性があると思うので、政府など国を動かすことが重要になる。
まとめ




水素エンジン車の開発着手を発表したトヨタであるが、1980年代から開発を継続していることが明らかになった。
販売せずに、少ない人数とはいえ、販売した3社より多くの発明者を投入して開発を継続してきたトヨタは、より多くの技術開発ノウハウがあるのではないかと思われる特許解析の結果であった。
今後3社が水素エンジンを再開する可能性は、内燃機関を開発できる開発者がいて、その技術が脱炭素社会に適応していく唯一の方法であるから。ただし、そこには、各社の経営者の強い意志が必要になるが、脱炭素社会に対応する方向性がEV車に傾いている現在、経営者のかじ取りが難しい時期に来ている。
耐久レースでトヨタが見せた経営者の熱い意志は、どこまで他の自動車メーカーに伝わるかが注目される。mobipaでは、水素エンジン開発や水素ステーションの普及について、今後の動向や進展をウォッチングしていくことにする。
2021年5月5日 アナリスト 松井
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